第13章 【第十二話】記録に残らない熱
私は動けなかった。
錆び付いたメリーゴーランドの向こう、色褪せた馬の影に、小さな人影が立っていた。
少年だった。
十歳にも満たないだろうか。濡れた薄いシャツに、泥で汚れた膝。裸足のまま、こちらを見ている。
その輪郭が、ところどころ透けていた。腕の端が霧みたいに崩れ、足元の影が、身体へ追い付けずに遅れて揺れている。
生きている。
それなのに、世界から少しずつ削り取られている。
「……あの子」
少年の唇が、声のないまま動いた。
――たすけて。
私は一歩踏み出す。
「ティファ!」
ラビの手が、今度ははっきり私の腕を掴んだ。
「待てって。……できすぎてんだろ、あんなとこに子供一人なんて」
「分かってる」
私は少年から視線を逸らさなかった。
「でも、あの子は生きている」
「……生きてる?」
「魂だけじゃない。まだ身体がある。呼吸も、微かに感じる」
あの少年は、死者ではない。
ここへ閉じ込められた何かに巻き込まれ、存在を薄く削られながら、まだ消え切らずに立っている。
「このままでは、あの子が消える」
掴んでいた腕から、ゆっくりと力が抜けた。
ラビは離れる代わりに、一歩前へ出た。私と少年の間へ立つように。
「……歌えるか」
私は僅かに目を見開く。
ラビは少年を見たまま続けた。
「お前があいつを繋ぎ止められるなら、やれ。周りはオレが見るさ」
その横顔は、もう迷っていなかった。
「ただし」
翠の瞳がこちらへ向き、私の喉元で止まった。
「絶対、無茶すんな。少しでも変だと思ったら、すぐ止めろ」
「ええ」
私は少年へ向き直り、ゆっくりと息を吸った。
喉の奥へ、淡い熱が集まっていく。