第12章 【第十一話】触れてはいけない距離
「……アレン」
名前を呼ぶと、アレンは少し嬉しそうに目を細める。
「だから……今でも、ティファの歌が一番好きです」
通路を挟んだ卓で、グラスが当たる乾いた音が響いた。
音のした方を見ると、ラビが、倒れかけたグラスを慌てて押さえていた。
一瞬だけ、翠の瞳がこちらへ向く。目が合う前に、逸らされた。
「あー、わりぃ。飲み物取ってくるさ」
軽い声を残し、ラビはそのまま食堂の奥へ歩いていく。
遠ざかる赤い髪を、気付けば目で追っていた。
「……ティファ」
アレンに呼ばれて視線を戻すと、彼はまっすぐこちらを見ていた。先ほどまでの柔らかな笑みが、少しだけ薄くなっている。
「ラビと、何かあったんですか?」
スープを掬いかけた手が、止まった。
「……どうして、そう思うの?」
「見ていれば、分かります」
少しだけ、寂しそうに笑う。
「ティファ、ラビが近くにいる時だけ、少し苦しそうな顔をするから」
「……そう、見える?」
「はい」
アレンは視線を伏せ、皿の端へフォークを置く。
「昨日も、帰ってきた時から二人とも変だった」
――ラビが近くにいる時だけ、苦しそうな顔をする。
自分では気付いていなかった何かに、触れられた気がした。
「ラビは……」
言い掛けて、口を閉じる。書庫で聞いたことは、ラビの秘密だ。私が勝手に話していいことではない。
「……私にも、よく分からないの」
アレンは何か言いかけて、やめた。
「そうですか」
そう言って、小さく微笑む。
「でも、ティファが苦しいなら、ちゃんと頼ってください」
「……ええ」
それだけ答えるのが、精一杯だった。