第9章 【第八話】記録者の選択
「肩の傷、まだ痛むの?」
「いやいや、もう全然平気さ。リナリーのコーヒー飲んだら一発で治った」
冗談めかした声音。
「それは治療ではないでしょ」
「気分の問題さ」
ラビは、にこりと笑った。
いつもと同じ口調。
いつもと同じ声。
なのに、ひどく遠い。
「……この前、言っていたことだけれど」
思わず口にしかけた、その時。
「あー、悪ぃ悪ぃ」
被せるように、ラビが軽く手を上げた。
「じじいに呼ばれてんの、すっかり忘れてたわ。急がねぇと、説教が長引くからな」
「……そう」
「じゃ、またな」
私の返事を待つこともなく、ラビは軽快な足取りで、私の横を通り過ぎていった。
袖が触れそうになって。
触れなかった。
その背中は、雪原で私の前へ立った背中と同じはずなのに。
昨日まで、何でもない顔で私の傍にいた背中と同じはずなのに。
今は、ひどく遠く見えた。