第9章 【第八話】記録者の選択
「ラビ……」
声をかけようとして。
足が止まった。
彼の横顔が、あまりに遠かったから。
昼間。
私が言葉を向けた時と同じ。
何かを抱え込んで。
けれど、それをどう扱えばいいのか分からないような顔。
――今、声をかけても。
きっと彼は、いつものように笑って誤魔化す。
そんな気がした。
私は伸ばしかけた足を引いた。
そっと踵を返し、来た道を戻る。
廊下の灯りが、彼の影を長く引き伸ばしている。
赤い髪が視界から消えたあとも。
胸の奥には、昼間の棘がまだ刺さったまま残っていた。
私は、そのまま部屋へ戻った。
問いかけたい言葉は、いくつもあった。
けれど、そのどれも、今夜のうちに口にできる気はしなかった。