第9章 【第八話】記録者の選択
翌朝。
食堂へ向かう廊下は、いつもより冷えていた。今にも雪が降り出しそうな雲が、窓の外を覆っている。
あれがラビにとって何を意味するのか、私にはまだ全ては分からない。
ただ、彼が私の隣に立とうとすることが、決して簡単なことではないのだと、それだけは分かってしまった。
前方に見慣れた赤い髪を見つけ、私は思わず声を掛けた。
「あ、ラビ。おはよう」
ラビが振り返る。
「おー、ティファ。おはよう」
ひらひらと手を振って、ラビは明るく笑った。
雪原で見せた余裕のない顔でも、医務室で笑いきれなかった顔でもない。出会った頃の彼がよく浮かべていた、隙のない笑顔だった。
胸の内へ何一つ触れさせないための、綺麗な仮面。
「……ラビ?」
思わず一歩近付くと、彼はごく自然に、ほんの一歩だけ距離をずらした。
避けたと決めつけるには、あまりにさりげない動きだった。
昨日までなら、決して生まれなかった空白だった。
「肩の傷、まだ痛むの?」
「いやいや、もう全然平気さ。リナリーのコーヒー飲んだら一発で治った」
「それは治療ではないでしょ」
「気分の問題さ」
ラビは、にこりと笑った。いつもと同じ口調で、いつもと同じ声なのに、ひどく遠い。
「……この前、言っていたことだけど」
「あー、悪ぃ」
被せるように、ラビが軽く手を上げた。
「じじいに呼ばれてんの、すっかり忘れてたわ。急がねぇと、説教が長引くからな」
「……そう」
「じゃ、またな」
私の返事を待たずに、ラビは私の横を通り過ぎていった。
袖が触れそうになって、触れなかった。
雪原で私の前へ立った背中と同じはずなのに、今は、ひどく遠く見えた。