第8章 【第七話】肩を並べる約束
乾いた紙の音が、書庫の静寂へ落ちる。
「記録者は、観察する。案じるのではない」
低い声だった。
笑みが、勝手に止まった。
「案じ始めた時、目は曇る」
一拍。
「……分かっておるな」
「分かってるって」
いつものように、軽く返す。
けれどじじいは、それ以上何も言わなかった。
ただ黙って、オレを見る。
その沈黙が、どんな叱責よりも重かった。
やがてオレは肩を竦め、書庫を出た。
冷えた廊下を歩きながら、無意識に片手を握る。
――案じるな。
分かっている。
幾つもの名を捨て、幾つもの歴史を記録してきた。
誰にも肩入れせず。
誰の側にも立たず。
それが記録者だ。
少し歩いたところで、オレは足を止めた。
握っていた手を、ゆっくり開く。
掌には、何も残っていない。
それなのに。
まだ何かを掴もうとしているみたいに、指先だけが微かに強張っていた。
暫く、自分の手を見つめる。
それから、小さく息を吐いた。
「……見るだけにしとけよ、オレ」
呟いた声は、誰にも届かないまま。
冷たい廊下へ落ちて、消えた。