第9章 【第八話】記録者の選択
「情は記録を曇らせる。まして、あれは中央庁さえ注視する存在だ」
ブックマンの声は静かだった。だからこそ、余計に重い。
「お前が失うことを恐れた時点で、それはもう観察ではない」
――お前が傷つくとこなんか、見たくねぇんだよ。
雪原で聞いたあの声の奥にあったものが、今、触れてはいけない形で目の前へ突き付けられている。
長い沈黙のあと、ラビの声が落ちた。
「……分かってるさ」
いつもの明るさは、どこにもなかった。
「分かってんだよ、じじい……」
握り締められた拳が、月光の中で白く浮かぶ。雪原で、私がほんの僅かに指を重ねた手だった。
「ならば忘れるな」
ブックマンの声は、変わらず静かだった。
「お前が残すべきは、あの娘の記録であって、お前自身の願いではない」
ラビの肩が、ほんの僅かに揺れた。
――オレに言うなよ。
あの言葉が、今になって別の意味を持つ。あの時のラビは、何かを受け取ってしまうことを恐れていたのだろうか。
ブックマンはそれ以上何も言わず、手にしていた古びた記録帳を閉じた。乾いた紙の音が、静寂へ重く落ちる。
それ以上、その場に留まっていられなかった。
私は気付かれないよう、そっと踵を返した。足音を殺しているはずなのに、鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
声を出せば、何かが零れてしまいそうだった。