第8章 【第七話】肩を並べる約束
side:ラビ
記録することと、覚えていること。
その違いを問われたのは、あの夜の書庫だった。
――ラビは、しないの?
古い時計の振り子の音の向こうで、ティファはそう聞いた。
責めるでも、探るでもなく。ただ、分からないから聞く、という顔で。
オレは答えた。
記録は必要だから残す。覚えているのは、もっと面倒だ、と。
間違っちゃいねぇ。
いくつもの名前を名乗り、いくつもの役割を演じて、それぞれの人生を記録してきた。その全部を抱えていたら、とっくに潰れてる。
名前も、感情も、その都度置いてきた。
それがブックマンの後継ってやつだ。
嫌だと思ったことは、なかった。
誰の側にも立たないからこそ、見えるものがある。
零れ落ちていく歴史を、誰か一人くらいは残さなきゃならない。
その役目を、オレが引き受ける。
そこに意味があることを、疑ったことはなかった。
なのに、あの夜から。
妙な引っかかりが、消えねぇ。
*
オレにとって、人間は記録の対象だった。
戦場で死ぬ者も、生き延びる者も。裏切る者も、誰かへ縋る者も。
そのどれも、感情を混ぜずに記録に留めてきた。
けれど、ティファは違う。
記録から零れ落ちるものを、わざわざ拾う。
台帳から消えた村人の名を。
顔を失った肖像画を。
誰も覚えていない、母親が娘へ伸ばした手を。
残すべきものだけ残して、あとは切り離す。
そうしなければ次へ進めないとオレが言った時、ティファは静かに首を横へ振った。
――それでも、私は覚えていたいわ。
損得じゃねぇ。
役に立つからでもねぇ。
ただ、覚えていたいから覚える。
そんなことを、あんなに真っ直ぐ言う人間を、オレは初めて見た。