第9章 【第八話】記録者の選択
数日後、午後の医務室は珍しく穏やかだった。
窓から差し込む淡い光が、白い床の上へ細長く伸びている。他の寝台は空いていて、聞こえるのは遠くの廊下を行き交う足音と、窓を叩く風の音くらいだった。
私は包帯を巻き直してもらった左腕を膝の上へ置き、寝台の端へ腰掛けていた。
その傍らでは、椅子に座ったラビが、当然のように私の分の林檎を剥いている。
長く繋がった赤い皮が、膝の上の皿へ静かに落ちていく。
「……本当に、器用なのね」
思わず言うと、ラビは片眉を上げた。
「今さらかよ。オレを誰だと思ってんの」
「ブックマンの後継者でしょう?」
「そうそう。器用が服着て歩いてるようなもんさ」
得意げに言って、剥き終えた林檎を一切れ差し出す。
受け取って一口かじると、少し酸っぱかった。
私の好きな味だ。
隣の横顔には、いつもの得意げな笑みが浮かんでいる。
――お前が傷つくとこなんか、見たくねぇんだよ。
雪原でそう口走った時の、余裕のない顔を、私はもう知っている。自分の言葉に一番驚いたように、目を見開いた顔も。
「……ラビ」
「ん?」
「今のあなたは、生きてるって感じがする」
ラビの手が、僅かに止まった。
「……なんさ、急に」
「初めて会った頃のあなたは、綺麗に笑うのに、どこか遠かったの」
舌の上に、林檎の酸味が残っている。
「笑っているのに、その奥だけ、ずっと乾いてるみたいだった」
ラビは何も言わず、ナイフを持つ手を止めたまま、こちらを見ていた。