第9章 【第八話】記録者の選択
任務から戻って、数日が過ぎていた。
雪原で負った左腕の傷は、もう大したものではない。医務室で包帯を巻き直すたび、傷口は少しずつ塞がっていると言われた。
身体は、確かに回復していた。
変わったのは、ラビとの距離だった。
書庫で本を読んでいると、隣へ別の一冊がそっと置かれるようになった。
決まって、「オレのおすすめ」の一言と一緒に。
またある夜は、談話室の暖炉の前で歌の言葉を考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
目を覚ますと、すぐ目の前にラビの顔があった。
暖炉の火を映した翠の瞳が、手の届くところにある。
「……ラビ?」
まだ半分眠ったまま呼ぶと、肩へ団服を掛け直していた手が、ぴたりと止まった。
「……っ、起きたんか」
慌てて身を引いたラビは、向かいのソファへ腰を落とした。
襟元から、かすかにインクの匂いがする。団服は、まだ温かかった。
「……こんなとこで寝るなんて、不用心だろ」
「教団の中よ?」
「教団の中でも、さ。クロス元帥の弟子なら、男は狼だって知ってんだろ」
「師匠は狼でも、ラビは違うでしょう? 現に今だって、見張っててくれたじゃない」
「……見張ってたんじゃねぇよ。見てただけさ」
「同じじゃない?」
「……違ぇよ」
膝の上へ目を落とすと、書きかけの紙が、裏返しに置き直されていた。
「……見た?」
「見てねぇよ」
ラビは立ち上がり、扉の前で一度だけ振り返った。
「『灰の空に』の続き、楽しみにしてるさ」
扉が閉まってからも、私は紙を抱えたまま動けなかった。