第2章 【第一話】雪に残る歌
私はもう一度、喉元へ触れた。
「名前は?」
問いかけると、師匠の動きが一瞬だけ止まった。
「名前?」
「あるの?」
沈黙。
師匠は煙草を咥えたまま、しばらく私を見ていた。
「……ねぇのか」
「私に聞かれても」
「チッ」
私は思わず首をすくめた。
師匠は黙って煙を吐き、鳥の光が消えた空のほうを見た。
「……ニルヴァーナ」
「え……?」
私は顔を上げる。
「ニルヴァーナ」
師匠はもう一度言った。
「そいつの名だ」
私は瞬きをする。
「どういう意味……?」
師匠は煙草の灰を落とした。
「苦しみからの解放」
師匠の目が、私の喉元に向く。
「魂を縛る器を壊す力なら、悪くねぇだろ」
「ニルヴァーナ……」
確かめるようにその名を口にすると、喉の奥がほんのわずかに熱を持った気がした。
まるで、そこに宿る何かが、初めて呼ばれた自分の名を聞いたみたいに。
師匠の瞳がわずかに細められる。
「覚えとけ。お前は魂へ届く。ニルヴァーナは、AKUMAを壊す」
師匠は煙草を捨て、靴底で火を消す。
「明日から鍛える」
「え?」
「歌も、そいつも。身体も、心もだ」
足が竦んだ。
「私に、できるの?」
師匠は背を向ける。
「できるかじゃねぇ」
振り返らないまま、吐き捨てる。
「生きたきゃ、やれ」
その日から、私の日々は変わった。