第8章 【第七話】肩を並べる約束
長い沈黙のあと、ラビが青年の肩へぽん、と手を置いた。
「……行くか?」
「……遠慮します」
青年はトレーを抱えて、静かに去っていった。
……あら?
「……用事、いいのかしら」
隣で、ラビが肩を震わせて笑い出す。
「……何?」
「いや……ティファ、ほんと……」
笑いすぎて、言葉になっていない。
私が眉を寄せていると、ラビはようやく息を整えて、頬杖をついた。
「で、ティファ自身は? 街、興味ねぇの?」
「……行ってみたいわ。まだ、教団に来てから出掛けられてないし」
「ふーん。何が見たいんさ」
「本屋、かしら」
「やっぱ本か。どんなの読むんさ」
「古い物語が多いわね。母が、よく話してくれたから」
「へぇ。……他には?」
「市場も。土地ごとに並ぶものが違うから、この辺りのも見てみたいの」
「ここらの市場なら、チーズに紅茶……あとは林檎だな。どこの店にも山積みさ」
「どれも好きよ。とくに林檎。……少し酸っぱいのがいいの」
「……へぇ」
ラビは頬杖をついたまま、「林檎ね」と小さく繰り返した。
そういえば最近、ラビに何かを聞かれることが増えた。
それも、任務やセトラとは関係のない、私自身のことばかり。
何気なく答えたことも、ラビは次に会った時には覚えていた。
……どうして、そんなことまで知りたがるのだろう。
答えが出ないまま、食堂に入るたび、気付けばあの赤い髪を探すようになっていた。
賑やかな日々の中でも、ふとした時に、白い寝台の上で何も知らない目をこちらへ向けた少女の姿が浮かぶ。
――おかあさんって、だれ?
あの声だけは、耳の奥に冷たく残っている。
その声を抱えたまま、私は執務室へ向かった。