第7章 【第六話】この世界に繋ぎ止めて
深夜の書庫には、紙とインクの乾いた匂いが満ちていた。高く積み上げられた古い文献の影が、ランプの淡い灯りに長く伸びている。
奥の机へ腰を下ろし、私は教団の資料庫から借りてきた村の台帳を開いた。
空白の欄が並ぶだけの台帳。村の位置を示す地図。巡回ファインダーの途切れた報告。
私は持ってきた手帳を開き、ペン先をインクへ浸した。
『アンナ』
まず、その名を書く。
『七、八歳ほどの少女』
『泥に汚れた布人形を所持』
『霧の中で、母を呼んでいた』
ペン先が止まる。
あの白い光の中で、アンナへ手を伸ばしていた女性の魂。
顔立ちも声も知らないのに、娘を想うその手だけは、見間違えようがなかった。
『母親と思われる魂は、最後までアンナへ手を伸ばしていた』
書き終えた文字が、ランプの光の下で静かに滲んだ。
あの人が娘を愛していたことまで、消えてしまうのは嫌だった。
「……休むんじゃなかったのか?」
不意に落ちた声に、肩が僅かに跳ねた。
顔を上げる。
書架の陰から、ラビが姿を現した。
片腕に何冊かの記録簿を抱えている。
頬の白い布が、ランプの灯りに淡く浮かんだ。
「……ラビ」
「部屋にいねぇから、まさか鍛錬場じゃねぇだろうなって探してたら……今度は書庫かよ」
ラビは溜息を吐きながら、私の机の前まで歩いてくる。
「違う方向に無茶すりゃいいってもんじゃねぇさ」
「ごめんなさい。でも、眠れなくて」
「……まぁ、そうだろうとは思ったけどさ」
ラビの視線が、机の上へ落ちる。
白紙に近い村の台帳。
そして、私が手帳へ書き留めたアンナの名と、母親の魂についての記録。