第7章 【第六話】この世界に繋ぎ止めて
コムイ室長の執務室へ戻る頃には、窓の外の雨はさらに強くなっていた。石壁を叩く雨音が、部屋の沈黙を埋めるように響いている。
デスクの上には、持ち帰った村の台帳と、ブックマンが再現した焼けた紋様の図が広げられていた。
台帳は、相変わらず空白のままだ。
紙も罫線も残っているのに、そこへ記されていたはずの人々の名だけが失われている。
「……アンナの容態は?」
コムイさんが、静かに尋ねた。
私は数秒、答えることができなかった。
「身体は、落ち着いているそうです」
「……記憶は?」
喉の奥が、ひどく乾く。
「村のことは、ほとんど覚えていません。先ほどは……母親という存在さえ、分からなくなっていました」
コムイさんの指が、報告書の上で止まった。
表情は室長のまま、眼鏡の奥の目だけが、痛みを隠しきれていない。
「そうか……」
部屋の脇では、ブックマンが椅子へ腰を下ろし、再現された紋様をじっと見つめていた。
「術の核そのものは、破壊されている」
コムイさんが、報告書へ視線を落としたまま続ける。
「村に残されていた魂も、ティファちゃんの歌で解放された。そこまでは間違いない」
私は小さく頷いた。
光の中へ昇っていった、無数の輪郭。
最後にアンナを振り返った、あの女性の光。
あれは確かに、苦しみから解放された魂だった。
「けど、既に失われた記録や記憶までは戻らなかった」
コムイさんの声が沈む。
「アンナの記憶も、村で削られていた分が、目を覚ましてから表に出てきたらしい。これ以上進むことはないだろうけど、戻るかどうかは分からない」