第51章 【第四十六話】かたちにならないもの
廊下を歩きながら、自分の手を見る。
指先には、まだ僅かに熱が残っていた。
失われてはいない。
呼びかけにも応えている。
それならどうして、形にならないのだろう。
――焦らなくていい。
最近、その言葉をよく聞く。
婦長さんも。医療班の人も。コムイさんも。
そして、ラビも。
もちろん、心配してくれているのは分かっていた。
それなのに、何度も同じ言葉を聞いているうちに、それ以上の不安を口にしづらくなっていた。
焦っているのかもしれない。
でも、それだけではなかった。
昨日までは、呼べば当然そこにあると思っていたものが、何度呼んでも手の中に残らない。
――怖かった。
その一言が、ようやく胸の中で形になった。
誰かに聞いてほしいと思った。
できれば。
一番に、あの人に。
足が止まる。
今日のことだけじゃない。
昨日、師匠から聞いた父のことも。
母のことも。
今まで知らなかったことを一度に渡されて、自分でもまだどう受け止めればいいのか分からない。
でも、ラビになら話せる気がした。
私は廊下の途中で向きを変えた。
この時間なら、たぶん資料室にいる――。