第51章 【第四十六話】かたちにならないもの
「今日は、そこまでにしよう」
「でも――」
反射的に、もう一度喉へ手が伸びた。
「ティファちゃん」
コムイさんの声に、その手が止まる。
「大丈夫」
穏やかな声だった。
「大きな負荷がかかった後、一時的に発動が不安定になるのは珍しいことじゃないよ」
私は黙って手を見る。
「君の場合、イノセンスだけじゃなく、身体にも相当な負担がかかってる。今すぐ元通りじゃなくても、おかしくない」
『ティファ』
ヘブラスカの声が重なる。
顔を上げた。
『イノセンスは、お前の中にある』
暗がりの奥で、大きな影が静かに揺れた。
『呼びかけにも応えている』
「……」
『ただ、今は形を保てていないだけだ』
少し間があった。
『焦る必要はない』
「数日置いて、もう一度見よう」
コムイさんが続ける。
「それでも変わらなければ、その時に詳しく調べればいい」
「……はい」
「それまでは、無理に試さないこと」
返事が、ほんの少しだけ遅れた。
「……はい」
コムイさんが眼鏡の奥からこちらを見る。
私は何も言わず、視線を逸らした。
部屋を出る前に、一度だけ振り返る。
暗がりの中で、ヘブラスカが静かにこちらを見ていた。