第51章 【第四十六話】かたちにならないもの
理由は教えてくれなかった。
ただ、いつもの母とは違う顔をしていた。
だから私は、隠れて歌った。
裏の納屋で。
川べりで。
誰もいない時間を選んで。
あの歌が綺麗で、どうしても忘れたくなかった。
ある日、見つかった。
納屋の戸口に、母が立っていた。
叱られると思った。
けれど、母は何も言わなかった。
黙って私の隣へ座った。
それから、私と一緒に歌った。
私の拙い旋律へ、母の声が重なった。
低くて。
静かで。
少しだけ掠れた声。
歌い終わると、母は私の頭を撫でた。
「歌いたいのね」
「……うん」
「そう」
それだけだった。
その日から、あの歌を歌うなとは言われなくなった。
なぜ最初に止めたのか。
どうして途中で止めるのをやめたのか。
私は結局、聞けないままだった。
けれど今。
母が、あの歌を怖がっていたこと。
それでも最後には、私が歌いたいと思うことまで止めなかったこと。
その二つだけは、少し分かるような気がした。
喉へ手を当てる。
銀の紋章は、まだ静かにそこにあった。