第50章 【第四十五話】『守る』というかたち
声が最初に戻ってきたのは、それから数日後の朝だった。
咳払いの拍子に、掠れた音が一つ、喉から転がり出た。音、と呼べるだけの短いひと欠片。
それを聞いた婦長さんは、その日のうちに発声訓練の予定を組んだ。
ミランダは「また来るわね」と言って帰っていった。リナリーは退院の日、「今度は声で話しましょうね」と笑った。
静かになった病室には、この人がよく顔を出すようになった。
「あー」
「もっぺん」
「……あー」
「おっ、ちゃんと声出んじゃん!」
ラビが大袈裟に手を叩く。
「じゃあ次。『ラビ大好き』」
「や」
「なんでさ!? 発声訓練! ほら」
私はメモ帳を取って書いた。
【それ、言わせたいだけでしょ】
「違ぇって! ちゃんと発声訓練も兼ねてるさ。たった五文字!」
【長い】
「一音ずつ区切ってやるからさ。ほら、『ラ』」
「いや」
「『ラ』!」
「いや」
「ちぇー。……じゃあ『会いたかった』は?」
ペンが止まった。
顔を上げると、ラビは口元に笑みを残したまま、視線だけを天井へ逃がしていた。
「……なんてな」
息の吸い方を間違えた。
咳き込んだ私に、ラビが慌てて水を差し出す。
そういう人だ。
散々ふざけておいて、こういう時だけ早い。
「……なあ、そういやさ」
コップを受け取ると、ラビが妙に軽い調子で切り出した。
「あれ、まだもらってねぇんだけど」