第6章 【第五話】存在を繋ぐ歌
息を呑む。
隣で、ラビが霧の奥を睨んでいた。
「じじいの言う通りさ」
ラビの声は静かだった。
「この村は、建物も名前も、人がいた痕跡まで薄れてる」
その翠の瞳が、こちらへ向く。
「今ここでティファが突っ込むのは危なすぎる。一度戻って、本部へ報告するべきだ」
正しい判断だと思った。
教団の一員としても。任務の同行者としても。
何が起きているのか分からない以上、無謀に踏み込むべきではない。
迷っていると、霧の奥から届く歪んだ歌に混じって、細い声が震えた。
――おかあ、さん。
息が、止まりそうになる。
生きた少女が、死者の歌の中で母を呼んでいる。
私は団服の胸元を握り締めた。
この力を持っているから、私はここへ来た。
聞こえる声に、背を向けるためではない。
「……分かってる」
私はラビを見る。
「危険なのも、罠かもしれないことも分かってる」
「なら――」
「でも、聞こえてしまったの」
声が、わずかに震えた。
「還りたいのに、還れない魂がいる。その中に、まだ生きている子まで取り残されている」
声の方へ、もう一度耳を澄ます。
「さっきより、あの子の声が弱くなってる。戻ってからでは、間に合わないかもしれない」
ラビの眉が、わずかに寄る。
「ティファ」
「私の歌で、全部を救えるかどうかは分からない」
本当は、怖かった。
初めての任務で、何が起きているのかも分からない異常へ踏み込むことが。
自分の歌が届かなかった時。
苦しみ続ける魂の声を聞きながら、何もできずに立ち尽くすことが。