第37章 格闘訓練
『重心、もっと低く』
『今のステップ、すごく良かったよ!』
『もう一回』
『立てる?』
『いい返事』
耳奥に残る言葉の数々。
全部、鮮明に覚えている。
何度も床に叩きつけられて転んだけど、そのたびに手を取って立ち上がってきた。
そして、最後に背中を押してくれた彼女の真っ直ぐな言葉。
『後悔だけは絶対にしないこと』
切島は深く息を吸い込み、思い切り吐き出した。
両拳を力強く握り締めると同時に、個性を発動させる。
ガチガチと鋭い音を立てて全身が赤黒く硬化し、その瞳には研ぎ澄まされた闘志が宿った。
観客席から「頑張れ切島ー!」「行けー!」と芦戸や上鳴の声援が飛ぶが、今の切島には届いていない。
世界から雑音が消え、ただ目の前の相手だけを見据えていた。
相澤の手が、鋭く空間を切り裂く。
「――始め!」
次の瞬間に動いたのは、爆豪だった。
爆音とともに強烈な推進力が生まれ、目にも留まらぬ速度で一直線に突っ込んでくる。
圧倒的な速度と破壊力。
並の相手なら、反応することすらできずに一撃で吹き飛ばされる初撃だ。
だが、切島は逃げずに前へと踏み出す。
「えっ!?」
観客席で瀬呂が驚愕の声を上げる。
切島は爆豪の突進を避けることなく、あえて自分から間合いを詰めにかかったのだ。
爆豪の容赦ない拳が迫る。
それを硬化した腕で受け止める――だが、そこで終わりではなかった。
切島の足が、滑らかに地を這う。
一歩、半歩。
身体にしみ込むまで繰り返した、完璧な重心移動。
相手の姿勢を削る「崩し」。
爆豪の目が、驚愕に大きく見開かれた。
(――ッ!)
いつもの、ただ力任せに耐えるだけの切島じゃない。
切島は爆豪の手首をしなやかに引っ掛けるように捉えると、その荒々しい威力を綺麗に横へと受け流した。
力で真っ向からねじ伏せるのではない。
相手の勢いをそのまま利用して身体を捌く――ユカリに叩き込まれた、精緻な格闘技術。
その一瞬、切島の瞳に確かな手応えが宿った。