第36章 2on1
その声を合図に、白煙を割って轟が飛び出してきた。
それは、今日の訓練の中で間違いなく一番の速度だった。
迷いがない。
判断が異様に早い。
ユカリに自分の全力を認めさせるという誓いを果たすため、その一瞬にすべてを懸けていた。
氷は出さない。
炎も出さない。
ただ純粋な身体能力だけで、ユカリの完全な死角へと迫る。
その猛烈な気配に、ユカリの胸が高鳴った。
(成長してる――ちゃんと、二人とも)
ユカリが急転回し、轟の方を振り向く。
迫る轟の掌。
あと数センチで自分の肩に届く距離。
だが、まだ避けられる。
ユカリの卓越した身のこなしなら、この間合いからでも十分に離脱が可能だった。
しかし、その瞬間。
肩を掠めさせながらも目前に立ちはだかる八百万が、不敵に笑った。
「かかりましたわ」
その笑みに、観戦席の出久が勢いよく立ち上がる。
「まさか……!」
ユカリが異変に気づいた時には、すでに遅かった。
轟の足元――煙幕の濃い白に隠されていたのは、八百万が突撃する前に地面に仕込んでいた、特製の拘束ワイヤーだった。
ユカリが避ける方向、避けるタイミング。
そのすべてが、最初から八百万の計算通りだったのだ。
轟の超高速の突撃は、ユカリをそのワイヤーの罠へと追い込むための誘導。
これこそが、彼女の立てた完全なる作戦だった。
「しまっ――」
ユカリは咄嗟に足を動かそうとした。
だが、網のように広がったワイヤーがその足首に絡みつく。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、完璧だった彼女の動きが完全に静止した。
そのわずかな隙を、轟が見逃すはずがない。
限界まで伸ばされた轟の掌が、ついにユカリの肩へしっかりと触れた。
ピーーーーーッ!!
訓練の終了を告げるホイッスルが、グラウンドβに鋭く響き渡る。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、観戦席が爆発したような大歓声に包まれた。
「うおおおおおおお!!」
「勝った! マジで勝ったぞ!!」
「八百万すげぇ!! 轟もすげぇ!!」