第36章 2on1
「左ルート!」
八百万の鋭い指示が響いた瞬間、轟の身体が弾かれたように走り出した。
その動きを見て、ユカリは即座に状況を察知する。
(囮だ)
だが、分かっていても無視はできない。
連携を意識した今の轟は、1人で戦っていた時とは比較にならないほど十分な脅威だからだ。
足元から地響きを立てて迫り来る巨大な氷壁。
ユカリはそれを紙一重でかわし、横へと鋭く跳躍する。
しかし、その着地の瞬間を、八百万は虎視眈々と狙っていた。
「今です!」
八百万の腕から放たれたのは、小さな球体。
それが地面に激突した瞬間、強烈な煙幕が爆発的に広がり、二人の視界を瞬時に真っ白く染め上げた。
突然の暗転に、観戦席が一気にざわめく。
「見えねぇ!」
「何だ、煙幕か!?」
しかし、視界を奪われた程度でユカリの動きは止まらない。
むしろ彼女の感覚はさらに研ぎ澄まされていた。
衣服が擦れる音。
地面を蹴る足音。
空気の揺らぎ。
肌を刺す気配。
それらすべての情報を精密に拾い上げていく。
轟は右。
八百万は後方。
煙幕の中でも、二人の位置は完全に把握していた。
ユカリは白い闇を迷いなく駆け抜ける。
狙うは後方の八百万。
指揮官である彼女を先に落とす。
それがこの盤面における最適解だ。
しかし、そこで初めて、ユカリの精密な予想が外れることになる。
「そこです!」
凛とした声が響いたのは、あろうことかユカリの「前方」だった。
(――え?)
ユカリは思わず目を見開く。
そこにいたのは轟ではない。
八百万本人だった。
しかも彼女は、後方に下がるどころか、ユカリに向かって一直線に突っ込んできていたのだ。
ユカリは驚きつつも、体にしみついた反射で即座に迎撃へと移行し、鋭い拳を放った。
並の相手ならここで怯む。
だが、八百万は止まらない。
迫る拳に対し、彼女はギリギリのところで強引に身体を捻った。
完全な回避ではない。
ユカリの拳が八百万の肩を激しく掠め、痛みが走る。
それでも彼女は怯むことなく、執念でさらに一歩前へ踏み込んだ。
「轟さん!」
渾身の力で、八百万が叫ぶ。
「今です!!」