第36章 2on1
八百万がユカリに聞こえないよう、声を潜めて続ける。
「ユカリ先輩は轟さんを警戒しているようで――実際は私を見ています」
観戦席が、モニター越しに聞こえるその事実にざわつく。
轟も驚きを隠せない。
「最初からですわ」
八百万は言い切る。
「ユカリ先輩はずっと私を見ていました」
試されていたのだ。
本当にその戦い方でいいのかと、ユカリは問いかけ続けていた。
「ユカリ先輩の予想を超えるには、私が動くしかありません」
轟は沈黙した。
そして、ようやく理解する。
ユカリが見ていたのは、轟の成長だけじゃない。
八百万百という一人のヒーローの可能性。
その判断力。
その発想力。
そのリーダーシップ。
すべてを見て、引き出そうとしていたのだ。
観戦席の端で、相澤が誰にも聞こえない声で小さく頷く。
「そこだ」
八百万は轟を真っ直ぐに見据え、一切の迷いを捨てて言い放った。
「……轟さん。私の指示に従ってください」
観戦席が、しんと静まり返る。
雄英一年最強候補である轟焦凍に、八百万百が命令を下した。
普通なら、少し躊躇う。
遠慮する。
だが、八百万はもう、そんなことはしなかった。
轟は一瞬驚いたように目を見張った後、その口元に小さな笑みを浮かべた。
「了解」
短い返事。
だが、信頼を乗せるにはそれだけで十分だった。
ユカリはそれを見て、嬉しそうに、そして誇らしそうに笑う。
やっと二人が並んだ。
今までは、轟と八百万だった。
でも、今からは違う。
八百万と、轟。
同じ高さに立ち、背中を預け合う二人。
「じゃあ、全力で来て。今度こそ」
ユカリは改めて、低く構える。
風が吹き抜け、グラウンドβに緊張感が張り詰める。
そして、八百万のオペレーションが、静かに幕を開けた。