第35章 常夏SPLASH
そして、そのまま動かない。
おっさんの手をガシッと掴んだまま、ジッと無言で睨みつけてくる。
「え、あ……え……?」
「釣りだよ。早く出せやクソが。五千円だろ」
「あ、はいィ!!!!! すぐ出します!!!!!」
タダで奪われるどころか、まさかの超適正価格での取引だった。
おっさんはガタガタと震える手で自分の財布を開くと、クシャクシャの五千円札を差し出す。
爆豪はそれをひったくるように奪い取ると、おっさんの手からチケットを回収した。
一刻を争う緊急事態のはずだった。
脳内ではまだ轟がユカリに触れている。
だが、爆豪勝己のプライドと几帳面さは、お札をそのままポケットに突っ込むようなズボラな真似を許さなかった。
「チッ……!」
盛大に舌打ちをしながらも、爆豪はおっさんから受け取った五千円札の「向き」をきっちりと揃え、財布の札入れに丁寧に戻した。
さらに、開いたチャックをピチッと几帳面に最後まで閉め、財布をズボンのポケットの奥へと確実に格納する。
その間、およそ5秒。
静まり返る入場ゲート前で、爆豪の丁寧な財布収納を全員が息を呑んで見守るという謎の時間が発生した。
「そこをどけェ!!!」
すべての収納を終えた爆豪は、再び殺気全開の顔に戻ると、入場ゲートの認証機にチケットを叩きつけ、爆速でバーを押し通って中へと消えていった。
後に残されたおっさんは、手元の一万円札を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「えっ……お釣りちゃんと持っていった……しかもお札の向き揃えてた……え、めちゃくちゃちゃんとした子……?」
恐怖の後に押し寄せたあまりのギャップに、おっさんはただただ呆然と立ち尽くしていた。