第31章 病院
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病院を出る頃には、空はすっかり夜の色へと染まっていた。
街灯が静かに道路を照らしている。
爆豪は一人、ポケットに手を突っ込んだまま歩き出す。
足音だけが、静かな歩道に規則正しく響く。
今日は珍しく、誰かに怒鳴ることも、考え事を振り払うように歩幅を速めることもない。
ただ前だけを見て歩いている。
……いや。
違う。
何も考えていないわけじゃない。
考えたくないことが、頭の中を何度も巡っていた。
『もし私が今の私じゃなかったら』
『ヴィラン連合みたいな環境で育ってたら』
『私もあっち側だったのかな』
病室で、ユカリが静かに口にした言葉。
穏やかな声だった。
けれど、その一言一言は妙に重く、爆豪の胸に引っ掛かったまま離れない。
「……チッ」
短い舌打ちが夜道に溶ける。
あいつは結局、何も話さなかった。
監禁されていた数日間、何があったのか。
誰と話したのか。
何を聞いて、何を見たのか。
警察の事情聴取でも同じだったらしい。
監禁されていた。
食事は与えられていた。
それ以外は必要最低限。
余計なことは一切話さなかったという。
それでも爆豪にはわかる。
何もなかったはずがない。
ヴィラン連合のアジトで。
何かを見た。
何かを聞いた。
何かを感じた。
その数日間が、ユカリの中に確実に何かを残している。
爆豪は夜空を見上げることもなく歩き続けた。
頬を撫でる風が少し冷たい。
頭の中に、ヴィランたちの顔が浮かぶ。
死柄木。
荼毘。
トガヒミコ。
トゥワイス。
黒霧。
コンプレス。
敵だ。
紛れもない敵。
多くの人を傷付け、恐怖を振り撒き、ヒーローが倒さなければならない相手。
その認識は一ミリも変わらない。
だが──
ユカリはきっと違った。
敵としてだけでは見てなかった。
だからあんな顔をしていた。
病室で窓の外を眺めていた横顔。
どこか遠くを見つめる瞳。
迷っているようで。
苦しんでいるようで。
答えを探し続けているような表情。