第31章 病院
光己は雑誌をめくる手を止めた。
先ほどまで楽しそうに笑っていた表情が、少しだけ落ち着く。
「最後!」
その一言とともに、背筋をぴんと伸ばす。
「この人だけ短かったの」
さっきまで笑い声で満ちていた病室が、不思議と静かになった。
窓の外では風が木々を揺らし、葉擦れの音だけがかすかに聞こえる。
ユカリも自然と姿勢を正した。
光己はページを見つめて。
ゆっくりと、一言一言を大切にするように読み始める。
「『努力家。責任感が強い。優しい』」
短い。
驚くほど短い。
飾る言葉も、面白い話もない。
けれど、その三つの言葉だけで十分だった。
「『他人を優先しすぎるところだけは心配』」
ユカリの頬がふっと緩む。
(……環だ)
自然と胸が温かくなった。
言葉数は少ない。
だけど。
その短い文章の中に、ずっと隣で見てきた人だからこそ分かる優しさが詰まっている。
誰よりも静かで、誰よりもよく人を見ている。
そんな環らしいコメントだった。
光己は一度息をつく。
そして、環の最後の一文へ目を落とした。
「そして最後」
その声は先ほどまでより、少しだけ柔らかかった。
「『もし彼女と恋人になれた人がいるなら』」
その瞬間。
爆豪の瞳がわずかに動く。
無意識だった。
けれど、その一文だけは聞き逃せなかった。
「『その人は、一生大事にした方がいい』」
病室の空気が止まる。
誰も息を挟まない。
「『きっと、一生後悔しないと思うから』」
読み終えた光己は、そっと雑誌を閉じた。
静寂だけが残る。
さっきまで笑いが絶えなかった病室とは思えないほど、穏やかな沈黙だった。
ユカリは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
環らしい。
決して多くは語らない。
だからこそ、一つ一つの言葉が胸に深く染み込む。
恋人になれた人は幸せだと。
ユカリを大切にしてほしいと。
それはユカリ自身への評価というより、幸せを願う環の優しさそのものだった。
「……環らしい」
思わず、小さく呟くユカリ。
その声には自然と笑みが混じっていた。