第31章 病院
「先生が倒れたらみんな困っちゃうので」
ユカリは優しい声で話す。
「1年A組も」
「他の子のみんなも」
「他の先生たちも」
「私も困ります」
病室に静かな空気が流れる。
相澤は思わず目を閉じた。
本当に。
ユカリは。
いつもそうだ。
自分が誘拐されて。
監禁されて。
命の危険に晒されて。
ようやく助け出されたばかりだというのに。
心配しているのは自分ではない。
教師のことだ。
今も誰かのことを考えている。
ユカリという人間は、昔からそうだった。
困っている人を見れば放っておけない。
傷ついている人がいれば隣に座る。
自分より他人。
それが当たり前みたいに。
まるで自然に。
息をするかのように。
「……お前は」
相澤がぽつりと呟く。
ユカリが首を傾げた。
「?」
「本当に人のことばかりだな」
少し呆れたような声だった。
けれど、その奥にはどうしようもない優しさが滲んでいる。
ユカリは照れくさそうに笑った。
「そうですか?」
「自覚ないのか」
「ないです」
即答だった。
相澤は小さく息を吐く。
そして珍しく。
ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……わかった」
ユカリの目がぱっと明るくなる。
「寝てくれます?」
「善処する」
「それ絶対寝ない人の返事です」
「うるさい」
即座に返される。
ユカリがくすくす笑う。
その笑い声を聞きながら、相澤はふと視線を落とした。
守れなかった。
その事実は消えない。
後悔もなくならない。
それでも。
こうしてユカリが笑っている。
自分を責めるより先に、自分の心配をしている。
そんな教え子が目の前にいる。