第28章 焦燥
「ユカリさんが連れ去られました」
静寂。
時計の音だけが響く。
誰も動かない。
理解が追いつかないのだろう。
数秒。
あるいはもっと長かったかもしれない。
最初に口を開いたのは母親だった。
「……え?」
掠れた声。
「連れ去られた……?」
信じられないという顔だった。
当然だ。
昨日まで普通にいた娘が。
突然。
ヴィランに。
「現在、警察とヒーローが総力を挙げて捜索しています」
相澤は言う。
「生存の可能性は高いと判断されています」
それが唯一の救いだった。
だが、母親は唇を押さえた。
父親は俯いたままだ。
何も言わない。
言えない。
ただ、拳だけが震えていた。
相澤はその様子を見ていた。
胸が苦しい。
教師になって長い。
怪我の報告も。
事故の報告も。
何度もしてきた。
だが、慣れることはない。
まして今回は。
自分が昔、担当していた生徒だ。
一年の頃から見てきた。
成長も知っている。
努力も知っている。
笑顔も知っている。
今だって交流がある。
だから余計に辛かった。
「……申し訳ありません」
相澤は頭を下げた。
深く。
誰よりも。
「私たちの責任です」
夜明けの光が、ゆっくりとリビングのカーテン越しに差し込み始めていた。
相澤は深く頭を下げたまま動かなかった。
「本当に申し訳ありません」
その言葉しか出てこない。
教師として。
雄英として。
守れなかった。
その事実は変わらない。
どれだけ言葉を並べても消えない。