第3章 〈過去編〉奇妙な先輩
ダァンッ!
『!』
その一瞬、目の前の男がひっくり返って、尻餅をついた。
周りは騒然としており、私は何が起こったのか、一瞬理解するのが遅れた。
そしてようやく分かった。
(あ、しまった……)
そうか。私がひっくり返したのか。
私はすでに合気の構えをしていた。
「ハァ?!」
「おいおい!年下のクソガキ相手に何手ェ抜いてんだよ?」
「ハハハッ!今、観覧車みてーに反転したぞ。受ける」
周りのギャラリーは、やられた仲間などお構いなしに、むしろ見せ物みたいに笑っていた。
そして当の本人の顔は、丸々真っ赤になっていき、私を見上げるその目にはとてつもない怒りが孕んでいた。
演劇部をしてきたから、人間の感情表現については人一倍よく観察して実践してきた。
だから相手が何を考えて、次にどんな行動をするかは、感覚で分かる。
「こんのッ、クソガキがァッ!」
予想通り、拳をこちらに振りかざしてくる。
羞恥心と怒りが込められてるであろう、私の顔面に一直線に向けてくる。
(感情的な獣ほど、読みやすい動きをする……)
私は難なく、その拳の軌道を読んで避けて、逆に相手のその腕を掴んだ。
「なッ…!!」
拳で突進してきた力を逆に利用して、見当違いの方向へ転ばせ、相手は再び体勢を崩した。
ゴロンッ!
さっきよりも勢いが余っていたあまり、2回転ほどして無様に跪く。
『!!』
先ほどまで笑いで溢れていたギャラリーは、いつの間にか静まり返り、目の前の奇妙な光景を前に、声が出なくなっていた。
高3が中学生相手にもて遊ばれているように転がされているのだ。
「お、おい。マジかよ……」
「何だよあのガキ?」
ギャラリーからちらほらと驚愕の声が聞こえてくる。
いつもであれば、演者としては観客が感動していることは喜ばしいことだが。
(まさか、中1から習っていた合気道が、こんな形で役立つとは……)
相手の態勢や力の動きを読み、逆に利用して制することで、身を守る技術だ。
だから、怒りに任せて向こうから突進してくるのであれば、都合がいい。