第1章 序章
そんな私に先輩はまた距離を詰めて、声だけでなく手が届く距離にまで詰めてきた。
「ま、お互い満更でもねえだろ。俺達には上も下もねーよ。各々のやりてぇことや欲求を満たすために、手を組んでいるだけ。俺達はそういう仲だろ」
「……」
私は一呼吸を置いて、演じ直す。
「ええ。そうでしたね。忘れるところでしたよ…」
自分の立場を弁え、冷酷さを取り戻す。
偽りの仮面を被るのも、闇夜に紛れるような暗色の黒衣を纏うのも、全ては弱かった過去の己との訣別だ。
以前のまこち町で生き抜くには、自分は生温かった。
町を守るための役目を、優しい性格に反して辛い荒事を全て、梅宮さんや兄貴に背負わせてしまった。
もし1年前に戻れるなら、もしもう一度やり直せるなら、あの頃の私にキッパリと言いたい。
『お前が選択してきた道は、全て間違いだった』と。
そんな後悔を背負った中途半端な私に、先輩は道を指し示したのだ。
表で生きられなくなった私を、裏の世界へと誘った。
「上も下もねえと言ったが、今夜はお前が上の方かもな。ハハハッ」
当の本人はそんな自覚は全くなさそうで、いつも私を揶揄ってくる。
それでも、先輩の瞳に私という存在が映ってくれるだけで、正直、救われるのも事実だ。
確かに満更でもない。
「んじゃ。背中は任せたぜ。相棒」
先輩は今度こそ、持ち場に戻るため、その場を後にする。
その遠ざかっていく背中を見ると、虚しくなっていく。
(でもね先輩。本当は分かっていますよ…)
先輩には本命がいて、私はただの暇つぶしのおもちゃに過ぎないことを。
1年前、アンタが私を上級生から守ってくれた時から、アンタは私にとって特別だった。
でも先輩にとっての特別枠には、すでに先約があって、私が一番になることは決してない。
それでも構わない。
私はある目的を果たすために、ここにいる。
先輩を利用してでも、自分の身と心を悪魔に売ってでも、力を手に入れたかった。
なのに先輩は、私の気持ちを知っているくせに、あんなことを……
『お前のそういうところ、好きだぜ』
「……嘘つき」
私は最後に呟いて、下の1階に飛び降りて、雑踏の中で戦いの舞を踊る。
1年前。体育館の舞台とは、全く違うステージで、闇の使者として演じる。
さあ。愚者による無様なショーの始まりだ。