第5章 first love…?
俺は別にどこに行こうとか、何も考えずに歩いていた。
そこに、露伴くんに声をかけられただけだ。
当たり障りのない話をして歩いていると、知らねえ女が駆け寄って来た。
露伴くんが、俺の事を空条承太郎だと告げると、その女は視線を斜め上に泳がせて何かを考えているようだった。
「空条……?」
考えるという事は、俺の事を知っているという事だろうか。
しかし生憎だが、俺にはこんな知り合いはいねえ。
そんな事を思っていると、そいつは「あ!」と何かを思い出したらしい。
「空条承太郎さんって……海洋学者の方ですよね?」
と、正解を導き出した。
「ああ、確かに」
俺がそう言うと、そいつは俺を見上げて微笑んだ。
「前に、空条さんが出した本を読ませていただいた事があるんです。申し遅れました、私、彩峰麻由佳と申します」
彩峰麻由佳。
こいつの微笑みは、何だろう。
どんな難攻不落の相手でも、その微笑みひとつでどうにかさせてしまいそうな不思議な雰囲気があった。
仕事でもきっと、交渉の場で重宝されるだろう。
「承太郎さん、彩峰の見た目に騙されない方がいいですよ」
彩峰麻由佳についてかなりいい印象を抱いていた俺に、露伴くんが横槍を入れた。
「どういう事だ?」
「この女、見かけ倒しです。中身はいたってポンコツなどうしようもない女ですよ」
まあ、世の中にはそういう見かけ倒しの人間は存在する。
だが、別にこの女に何かされたわけでもないので俺にとってはどうでもいい情報だ。
しかし、露伴くんはそうでもないらしくつらつらと愚痴をこぼし始めた。
「この間なんか、何も描いてない真っ白な原稿用紙を間違えて編集部に送ろうとしたんですよ?全く、ポンコツにも程がありますよ」
原稿用紙を、編集部に送る……という事は……。
「彩峰くん、君は雑誌の編集部員か何かなのか?」
そうであれば、俺の本を読んだというのも何となくわかるのでそう聞いた。
「……そう、なんですぅ……もう、言わないで下さい露伴先生……」
彩峰くんは露伴くんに仕事のミスを晒された恥ずかしさからなのか、真っ赤になって震えていた。
……確かに。
露伴くんの話といい、今の表情といい、鉄壁笑顔の蓋を開けたら彼女はポンコツなのかもしれない。