第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
けれど、隣の恵くんだけは笑わなかった。
険しい顔で、自分の手元をじっと睨みつけている。
その横顔を見ていると、私のせいで、恵くんまで暗い巣の影に引きずり込んでしまっているような気がした。
(そんな顔……して欲しくない)
そう思って、彼の袖をそっと引いた。
恵くんが、はっとしたように私を見る。
私は胸元で左手の親指と人差し指をくっつけて、小さな輪を作った。
それから、右手でも同じ輪を作って、ふたつをそっと重ねる。
小さな鎖みたいに繋がった指先を恵くんのほうへ向けて、トントンと二回動かした。
決まった手話ではない。
十年の間に、私と恵くんの間でいつの間にか生まれていた合図だった。
恵くんは一瞬だけ目を丸くしたが、ふっと張り詰めていた肩の力を抜いて、呆れたように目元を緩めた。
「……わかってる」
恵くんは、自分の胸元を指先で二度叩いた。
それを見ていた虎杖くんが、身を乗り出して叫ぶ。
「今の何!? どういう意味!?」
「ちょっと! 完全に私らに隠れて暗号通信してたわね!? 吐きなさい伏黒!」
野薔薇ちゃんまで席を立ち上がって、恵くんを睨みつける。
当の恵くんは、何でもない顔をして牛乳のストローを咥えた。
「……教えるわけねぇだろ」
「チッ、相変わらずケチな男ね!」
野薔薇ちゃんは盛大にため息をつくと、椅子を鳴らして立ち上がった。
「行くわよ。こんな奴ほっときましょ」
私はこくりと頷いて、恵くんに小さく手を振る。
「あ、俺もアイス買いに購買行くから一緒に行くわー。伏黒は?」
「俺はいい」
虎杖くんも「じゃ、後でな」とトレイを持って立ち上がり、三人で食堂の出口へと向かう。
最後に振り返ると、恵くんはいつもの無愛想な顔で、まだこちらを見ていた。