第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
ゆっくり顔を上げると、はまた涙をこぼしていた。
なんで、お前が泣くんだよ。
泣きたいのはこっちだ。
すると、は胸元で左手の親指と人差し指をくっつけた。
小さな輪。
それから右手でも同じ輪を作って、ふたつをそっと重ねる。
小さな鎖みたいに繋がった指先が、俺の方へ向けられる。
トントン、と二回。
(この合図は……)
以前、食堂で姑獲鳥の話が出た時もやっていたもの。
津美紀も知らない。
五条先生だって知らない。
知っているのは、俺だけだ。
――『約束』。
そういう意味の、俺たちだけの合図。
食堂の時は、『無茶しないって約束して』という意味だった。
でも、今は。
『約束して。全部忘れて。今まで通りの関係を続けよう』
ふたつ繋がった、小さな指の鎖。
俺たちの関係を、もう一度そこに縛り直そうとしている。
それが、お前の望みなのか。
本当に。
それでいいって、思ってるのか。
ずっと家族のふりをしていた。
幼馴染の顔をして、隣にいた。
守るためだと言い訳して、触れない理由を探していた。
の頬に手を添え、親指で頬の涙を拭う。
「……」
ゆっくり顔を近づけて、の唇のすぐ手前で止まる。
ここで離れれば。
今なら、何もなかったことにできる。
今なら、まだ戻れる。
の瞳は揺れていたが、俺を突き放すことも、逃げることもしなかった。
悪い。
俺はもう、その鎖だけじゃ抑えがきかねぇんだ。
「今日だけ……」
「その約束、破っていいか」
言えるのは、それだけだった。
それ以上言えば、全部壊してしまいそうだったから。
だから――。
言いかけたものごと、の唇を塞いだ。