第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
きっと恵くんがりんごジュースを選んだのは、偶然じゃない。
私が嫌がる前に。
私が困る前に。
私が声を出したくなる前に。
いつも恵くんは気づいてしまう。
すると、向かい側で野薔薇ちゃんが箸を止めた。
「相変わらずすごいわね、あんたたち」
その隣の虎杖くんも、感心したような顔をしている。
「伏黒、通訳アプリの術式でもあるのか?」
「ねぇよ、そんな術式」
「俺、全然わかんなかったわ。だって、まだ何も書いてなかったじゃん」
「あのぐらい普通だろ。お前らだって、狗巻先輩が言ってることだいたいわかるじゃねえか」
「いやぁ、それでも、狗巻先輩はおにぎりの具はしゃべってるから……」
「それに……十年も一緒にいれば、嫌でもわかる」
「十年!? そんなに長く一緒にいるの、あんたたち」
野薔薇ちゃんが、驚いて声を上げた。
十年。
もう、そんなに経つんだ。
私が恵くんの家に初めて行ったとき、確か五歳だった。
その時の私は箸の持ち方も、靴の履き方も、布団で眠ることも。
全部、知らなかった。
「それ、もう家族だな」
家族……か。
虎杖くんの言葉は、間違っていない。
間違っていないから、少しだけ苦しかった。
恵くんは家族みたいな人。
ずっと、そう思おうとしてきた人。
「ところで、なんでは伏黒と一緒に暮らし始めたの?」
その質問に、私はペンをぎゅっと握った。
なんて答えればいいんだろう。
五歳。
白い髪。
黒いサングラス。
濡れた羽の匂い。
地面に散らばった、知らない誰かの骨。
もう、十年も経つのに一瞬でそれは蘇ってくる。