第6章 【五条悟】勿忘草の悪魔 Ⅲ**
𓂃 side:五条悟 𓂃
僕の腕の中で、の身体からふっと力が抜けた。
「……?」
呼んでも返事はない。
の寝息が、規則正しく僕の胸元をくすぐる。
今度は、ただ眠っただけ。
というか、また失神したな。
透けかけていた身体も、もうちゃんと形を取り戻している。
頬には血色が戻って、尻尾も安心したみたいに力が抜けていた。
乱れた前髪を指でそっと梳いてやる。
それから、閉じられた瞼を見つめたまま、額へ唇を押し当てた。
「……おかえり」
ずっと、言いたかった。
君は何も覚えてないだろうけど。
僕はずっと、待ってたよ。
最初に君が僕の前に現れた夜のことだって、忘れるわけがない。
僕は、その顔を見た瞬間に息が止まった。
ありえないと思った。
そんなわけないと。
だって君は、僕の知っている姿のまま。
何も知らない顔をして、そこに立っていたから。
自分がどこから来たのかも。
誰だったのかも、わからずに。
君が「名前はない」と言った時、考えるまでもなかった。
『』
そう呼んだ瞬間、君は少しだけ目を丸くして。
それから、まるで初めて自分の居場所を見つけたみたいに笑った。
あの時の顔を、僕はたぶん一生忘れない。
専属契約なんて、都合のいい言い訳だった。
協力者。
監視対象。
情報源。
いくらでも理由はつけられた。
本当は。
もう二度と、どこにも行かせたくなかっただけなのに。
気づけば、また君のいる生活が始まっていた。
甘いものを一緒に食べて。
僕が帰ると、玄関までぱたぱた走ってきて。
毎日のように、あの手この手で僕を誘惑してきた。
大半は「それ、どこで習ったの?」って感じだったけど。
たまに、本気で困るやつもあった。