第5章 【五条悟】勿忘草の悪魔 II**
「お姉ちゃん……!」
男の子が心配そうに私に駆け寄った。
「だ、大丈夫……」
壁に手をつき、なんとか立ち上がる。
大丈夫じゃない。
めちゃくちゃ痛い。
できることなら、この場にしゃがみ込んでわんわん泣きたい。
だけど、男の子の前で倒れるわけにはいかなかった。
「新人のくせに、私を止める? 笑わせないでよ」
淫魔がゆっくりとこちらへ歩いてくる。
相手から漂う殺気に、ぞわりと全身の毛が逆立つ。
今度は、黒い影がこちらへ伸びてきた。
咄嗟に男の子を抱きしめ、身を屈める。
頭上を何かが掠め、背後の壁に大きな亀裂が走った。
「ひぃっ……!」
なに、今の。
当たってたら、絶対痛いどころじゃ済まなかった。
というか。
私、どうやって戦えばいいの!?
会社の研修で教わったのは、契約書の書き方と、精気のもらい方と、男の人を誘惑するセリフだけだ。
こんなの、研修内容に入ってない。
部長。
新人研修に戦闘訓練も追加してください……!
「ほんと、馬鹿な子ね」
淫魔の腕が振り上げられた、その時だった。
私の尻尾が、勢いよく淫魔の手首に巻きついた。
「なっ……!」
「尻尾!?」
相手の淫魔も驚いていたけれど、一番驚いているのは私だった。
五条さんに懐いてばっかりだと思ったけど。
こんなこともできるのね。
尻尾は淫魔の腕を掴んだまま、ぎゅっと締めつけている。
「ちょっ、離しなさいよ!」
「無理です! 私もどうやって離すのかわかりません!」
「はぁ!?」
「勝手に動いてるんです!」
淫魔が苛立ったように腕を振り払うが、私の尻尾はそれでも離さない。
それどころか、今度は淫魔の腕をぐいっと引っ張った。
「えっ、ちょ……わっ!」
当然、尻尾と繋がっている私の身体まで一緒に持っていかれる。
前へつんのめり、その勢いのまま――。
「きゃっ……!」
「っ……!」
私は淫魔の身体に思いきりぶつかった。