第5章 【五条悟】勿忘草の悪魔 II**
「……あれ?」
外に出た瞬間、違和感を覚えた。
走っている車も、通りを歩く人の姿も見当たらない。
それに。
「……空、暗い」
まだ夜になるような時間じゃないはずなのに、頭上には重たい影が覆いかぶさっているようだった。
(雨でも降るのかな……)
そう思って見上げるけれど、風の匂いも、空気の感じも、いつもの曇り空とはどこか違う。
街全体が、薄暗い膜に覆われているみたいだった。
なんだろう。
なんだか、気持ち悪い。
尻尾も、落ち着かないように小さく震えている。
でも、立ち止まっている場合じゃない。
先輩はどこにいるんだろう。
会社……かな。
こんな状況なら、みんな一度会社に集まっているかもしれない。
「とにかく、行ってみなきゃ……!」
私は会社のある方角へ向かって、再び走り出した。
人気のない通りを駆け抜ける。
「――たすけて……!」
その声に、足が止まった。
今。
誰かの声がした。
周囲を見回すけれど、人の姿はない。
「誰かいるの……?」
返事はない。
ただ、奥の方からかすかに物音が聞こえた。
すぐそばの、建物と建物の間に伸びる細い路地からだ。
警戒しながら、その奥へ足を進めた。
建物の隙間から差し込む光もほとんどなく、進むほど足元が見えづらくなる。
やがて、室外機の影に小さな男の子が見えた。
ランドセルくらいの大きさのリュックを胸に抱え、震えながら後ずさっている。
その前に立っていたのは――。
「……淫魔」
私と同じ、角と尻尾を持つ存在だった。
けれど、その目はぎらぎらと濁っていて、男の子に向かって手を伸ばしている。
指先から、黒い靄のようなものが滲んでいた。
「待って!」
淫魔がぴたりと動きを止め、こちらを振り返る。
私を視界に捉えると、その淫魔は口元を歪めた。