第5章 【五条悟】勿忘草の悪魔 II**
「今日は帰ってきますか?」
「んー、今日は遅くなるかも」
「そう、ですか」
五条さんは上着を羽織って出かける準備を終える。
すると、何かを思いついたようにこちらを振り返った。
「そうだ、。今日は、絶対に家から出ないで」
「絶対?」
「うん、ぜーーーーったい」
「え……あ、はい」
まぁ、今日は特に用事もないし。
報告書さえ提出すれば、会社に行く必要もないし。
だけど、どうしたんだろ。
「じゃ、いってくるね」
五条さんは最後までいつも通りで。
軽く手を振って、玄関の向こうへ消えていった。
私はしばらく五条さんが出ていった扉を見つめていた。
五条さんは、最後まではしてくれない。
私には、触らせてもくれない。
それはきっと、私が下手そうだからとか、処女だからとか。
そんな理由だけじゃない。
『……大事な子』
勿忘草の前で見た、あの優しい顔を思い出す。
私には向けられていない、誰かを想う顔。
五条さんの中には、今でも消えない人がいる。
そんな人がいるなら、私に触らせないのも当然だ。
じゃあ。
どうして、私と契約したんだろう。
会社のことを知りたいから。
淫魔のことを調べたいから。
でも、それだけじゃない気がしてしまうのは、私の勘違いだろうか。
(……代わりでも、いいから)
五条さんが寂しい時に抱きしめる、ぬいぐるみみたいな存在でも。
『大事な子』の代わりに、ほんの少しそばに置いてもらえるだけでも。
それでもいい。
このまま、五条さんのそばにいたい。
そう願ってしまった自分が、ひどく惨めで、ひどく浅ましかった。
ふと、廊下の奥にある扉が目に入った。
いつも閉ざされている、あの部屋。
『そこは掃除しなくていいから』
前にそう言った時の五条さんは、いつもの五条さんじゃなかった。
笑っているのに、少しも笑っていなかった。
あの時は、ただ何か見られたくないものがあるのだと思った。
仕事の資料とか。
呪術師としての道具とか。
私が触れてはいけない、危ないものとか。
でも、今は違う。
あの部屋には。
もしかしたら、五条さんの『大事な子』に関するものがあるのかもしれない。
一度そう考えてしまったら、もう扉から目を逸らせなかった。