第5章 【五条悟】勿忘草の悪魔 II**
五条さんは迷いなく裏路地の奥へ入っていく。
(こんなところに、何の用事があるんだろう)
もしかして、五条さん御用達の甘味処でもあるのかな。
路地裏にひっそり佇む、知る人ぞ知る名店……とか。
けれど、大通りの明かりが届かなくなった途端、周囲は急に暗くなった。
湿ったコンクリートと、生ゴミのすえたような匂い。
目を凝らしても、五条さんの白い髪がぼんやり見えるくらいで、その先に何があるのかまではよくわからない。
後を追っていると、突然五条さんの足が止まった。
反射的に、私は近くのゴミ箱の陰へ身を隠す。
見つかった?
そう思って息を殺した、その時。
「――ったく。こんなとこで盛んなよ」
五条さんの声が、裏路地の奥に低く響いた。
び、びっくりした……。
私に言ったんじゃ、ないよね?
「……もう、ミイラみたいに干からびてるじゃん。いくら腹減ってるからって、ここまで奪うのはルール違反でしょ」
ミイラ?
干からびてる?
暗闇の中、ようやく目が慣れてくる。
壁際に、誰かが倒れていた。
スーツ姿の男の人だ。
顔色は青白く、頬はこけていて、身体から力が抜けきっている。
その上に覆いかぶさるようにして、ひとりの女の人が……――。
違う。
女の人じゃない。
頭には小さな角。
背中には、黒い羽。
ゆらりと揺れる尻尾。
「……淫魔……?」
声に出しそうになって、両手で口を覆って必死に飲み込んだ。
間違いない。
あれは、私と同じ淫魔だ。
「――ッ、このっ!」
スーツの男から離れた淫魔が、鋭い爪を立てて五条さんへと飛びかかる。
五条さんは動じることなく、向かってきた淫魔の首を片手で軽々と掴み上げていた。
「ガッ……ァ、あ……っ」
宙吊りにされた淫魔が、苦しそうに足をばたつかせる。
五条さんは首を絞め上げる手に少しも力を込めているようには見えないのに、彼女はもがくことしかできない。