第5章 【五条悟】勿忘草の悪魔 II**
「……ここ、なんの部屋だろ」
リビングや寝室、バスルームには自由に出入りしているけれど、この奥の部屋だけは入ったことがない。
いつもドアが閉ざされていて、五条さんが出入りしているところも、見たことがなかった。
物置かな?
せっかくだし、ここも掃除しておこうかな。
私は深く考えないまま、そのドアノブに手を伸ばした。
ノブを回そうとした――その瞬間。
「――何してるの」
「ひゃっ!?」
振り返ると、そこには、出かけていたはずの五条さんが立っていた。
「ご、五条さん……っ、お仕事に行ったんじゃ……」
「スマホ忘れてね」
目隠しのせいで表情の全部は見えない。
それなのに、今の五条さんが笑っていないことだけは、はっきりわかった。
「あ、あの……お掃除、しようかと……」
私が震える声でそう言うと、五条さんは無言のまま私の手首を掴み、ドアノブから引き離した。
「……」
「は、はい……」
「そこは掃除しなくていいから」
「……っ、ごめんなさい」
はっきりとは言わなかったけど。
この部屋には入るなと言っていることが、どんなに鈍い私でもわかる。
それから五条さんは、何事もなかったみたいにいつもの軽い空気を纏って、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「そうだ。の好きなプリン、冷蔵庫に入ってるから。おやつに食べて」
「あ、ありがとうございます……」
「じゃ、僕は行くね。戸締まりしっかりねー」
ひらひらと手を振りながら、五条さんは玄関へと向かっていった。
パタン、とドアが閉まる音が響く。
残された私は、五条さんに掴まれた手首を押さえ、目の前にある部屋を見つめた。
(……この部屋には、一体何があるの)
どうしてこんなに、胸がぎゅっと締め付けられるみたいに痛いんだろう。
私がどんなに失敗しても、恥ずかしいところを見られても、呆れながら笑ってくれていた五条さん。
その優しさに、私はいつの間にか甘えていたのかもしれない。
何をしても許されていると、どこかで思っていた。
五条さんには、絶対に私を立ち入らせない『聖域』がある。
そのことを、今日初めて知った。