第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
「俺は――」
恵くんが何かを言おうとして口を開く、その瞬間――。
胸を押していた手で恵くんのシャツを握りしめていた。
足の指に力を込めて、背伸びをする。
それでも、私よりずっと背の高い恵くんには届かなかった。
恵くんのシャツをさらに強く握りしめる。
縋るみたいに。
引き寄せるみたいに。
ぐっと下へ引っ張ると、恵くんの身体がわずかにこちらへ傾いた。
(……恵くん、好き)
気づいた時には、恵くんの唇に自分の唇を押し当てていた。
触れた瞬間、恵くんの身体がびくりと強張る。
掴まれていた手首の力が、一瞬だけ緩んだ。
私の涙が頬を伝って、二人の唇の間に落ちた。
初めてのキスは、漫画のように甘くなんてなかった。
苦しくて。
怖くて。
必死で。
涙の味がした。
ゆっくりと唇を離すと、近すぎる距離で恵くんが私を見ていた。
息を呑んだまま。
(だめ)
頭の片隅で、理性が警鐘を鳴らしている。
どんなに理不尽なことをされても、どんなに自分の想いを伝えたくても、今日まで絶対に声だけは出さなかった。
彼を――大好きな恵くんを、絶対に守りたかったから。
でも。
私じゃない誰かのものになってしまうくらいなら――。
「……やだ」
掠れた声が、喉からこぼれた。
初めて聞いた、自分の声。
恵くんの目が、大きく見開かれる。
自分の中に、こんな醜いものがあるなんて知らなかった。
昔、五条先生が言っていた言葉が頭をよぎる。
『愛ほど歪んだ呪いはないよ』
恵くんを守るために封じてきたはずのものを、私は今、恵くんを奪われたくないという自分のためだけに解き放った。
ごめんね、恵くん。
こんな最低な私を、許さないで。
「どこにも行かないで……恵くん」