第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
「……はぁっ……くそ、……っ」
熱に浮かされたような、重い息遣い。
(苦しいのかな……?)
心配になって、もう一歩部屋の中に足を踏みいれるが、何か様子がおかしいことに気づいた。
シーツの下で動く腕。
規則的に擦れる衣擦れの音。
荒い呼吸に混じる、甘く抑え込んだような吐息。
恵くんがシーツの下で何をしているのか、すぐにはピンとこなかった。
ただ、その息遣いがあまりにも……いつもとは違って。
風邪でうなされているのとは明らかに違う、ひどく熱を帯びた声。
これって……。
(えっ……、あ……っ)
その事実を頭が理解した瞬間、心臓が今まで経験したことがないくらいの早鐘を打ち始める。
中学の頃、クラスの女子たちがこそこそ笑いながら話しているのを聞いたことがある。
『男子って、定期的にそういうことして「処理」しないと、溜まってイライラするんだよ』って。
その時は、よく分からないまま聞き流していたけれど。
もしかして。
これが、そのことなんだろうか。
恵くんだって、男の人なんだから。
す、するに決まってるよね。
見てはいけない。
ここにいてはいけない。
急いで戻ろうとした、その時――。
「……っ、……好きだ、……っ」
心臓が、どくんと大きく跳ねる。
好き。
今、恵くんは。
確かにそう言った。
好き。
好きだって。
私がずっと欲しかった言葉。
それなのに。
今、恵くんの口からこぼれた「好き」は。
――誰に?
その「好き」は、誰に向けたものなの?
私じゃない。
そんなこと、分かっている。
分かっているのに、ほんの一瞬だけ。
本当にほんの一瞬だけ。
もしかして、なんて。
ほんの少しでも思ってしまった自分が、恥ずかしかった。
だって、もう答えは出ている。
沙耶香ちゃんのこと、考えてるんだ。
付き合うことになったばかりの、新しい彼女。
恵くんは今、彼女を想って……。
その時、手の中のコンビニ袋がずるりと滑った。
どさっと鈍い音を立てて、床に落ちる。
一緒に抱えていた白いTシャツも、私の手から滑り落ちた。