第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
男子寮の廊下は、普段よりずっと静まり返っていた。
先輩たちは任務に出ているのか、人の気配がほとんどない。
本当は、女子が男子寮に入るのはあまりよくない。
分かっている。
分かっているけれど。
私は恵くんの部屋の前に立ち、ぎゅっと手の中のコンビニ袋とTシャツを抱え直した。
(先に、連絡してから来た方がよかったかな……)
そう思ってスマホを取り出そうとしたけれど、手が止まる。
もし連絡して「来るな」って言われたら……立ち直れないかも。
それに、もう沙耶香ちゃんという彼女がいるのに、私が夜に部屋へ行くなんて、本当は迷惑なんじゃないか。
(渡すだけ、渡すだけ。渡したらすぐ帰ろう)
自分にそう言い聞かせて、小さく息を吐き出す。
震えそうになる手を伸ばして、控えめにドアをノックした。
コン、コン。
返事はない。
もう一度、叩いてみる。
けれど、部屋の中からは何の音も聞こえてこなかった。
(寝ちゃってるのかな……)
それなら、ドアノブに袋を下げて帰ろう。
そう思って踵を返そうとした瞬間、虎杖くんの言葉が頭をよぎった。
『あいつ、夕飯も食べてねーからさ』
『風邪っぽいからって』
まさか。
(もしかして、高熱で倒れてるとか……!?)
その想像に行き着いた途端、「迷惑かもしれない」なんていう迷いは一瞬で吹き飛んで、咄嗟にドアノブに手を伸ばしていた。
ノブを回すと、抵抗なくドアが開く。
あれ、開いてる……。
鍵をかける余裕もないくらい、体調が悪いってこと!?
(……お邪魔します)
心の中でそっと唱えて、私は音を立てないように部屋の中へ入った。
部屋の中は、カーテンが引かれていて真っ暗だった。
ベッドの上に、横向きになった恵くんの背中が見える。
掛け布団にくるまるようにして、少し身体を丸めていた。
けれど、ただ眠っているわけじゃない。
シーツが揺れて、モゾモゾと動いている。
(よかった、倒れてはいないみたい……)
ほっとしたのも束の間、低く掠れた息遣いが耳に届いた。