第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
恵くん。
行かないで。
誰かの隣に行かないで。
私の知らない場所で、笑わないで。
お願い。
私を見て。
そんな、醜くて身勝手な言葉が、胸の奥から次々に溢れてくる。
止めたいのに、止まらない。
涙も勝手にこぼれて、枕を濡らしていた。
好き。
好きなの。
恵くんが好き。
でも、その言葉は結局、どこにも届いていない。
ノートにも書けなくて。
声にもできなくて。
ただ、胸の中で何度も何度も繰り返しているだけ。
もし。
もし、あの時。
倉庫で、最後の一文字から逃げずに書けていたら。
『すし』なんて誤魔化さずに。
ちゃんと『好き』って、書けていたら。
何か、変わっていたのかな。
そんなことを考えたって、もう遅い。
恵くんは沙耶香ちゃんの隣に行ってしまったんだから。
私には、何も言う資格なんてない。
ぎゅっとTシャツを抱きしめると、コン、コンと部屋のドアが鳴った。
こんな時間に、誰だろう。
野薔薇ちゃん?
それとも――。
けれど、ドアの向こうから聞こえてきたのは、思っていた声とは違った。
「ー、いるー?」
虎杖くんだ。
ごしごしと乱暴に目元の涙を拭った。
数回深呼吸をして、泣いていたことがバレないように、そっとドアノブを回す。
カチャリと少しだけ開けたドアの隙間から、廊下の明るい光が差し込んだ。
「お。ごめん、暗いけど……寝てた?」
私の部屋が真っ暗なことにびっくりしたのか目を丸くして、虎杖くんが小声で聞いてくる。
私は、ふるふると首を振った。
虎杖くんは「そっか、ならよかった」とほっとした顔をしてから、少し困ったように眉を下げた。
「あのさ、悪いんだけど……伏黒にこれ、渡してくんねーかな」
そう言って差し出されたコンビニの袋には、おにぎりやゼリー、スポーツドリンクが入っていた。