第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
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その夜。
私は寮の自室のベッドに横たわったまま、ぼんやりと天井を見つめていた。
部屋の電気もつけていない。
スマホも、ノートも、机の上に置いたまま。
夕飯も食べていない。
お風呂に入る気力もない。
着替えることさえ、面倒で。
何かをする気が、少しも起きなかった。
ただ、胸の奥だけがずっと重くて。
息をするたびに、そこが鈍く痛む。
手の中には、白いTシャツがある。
あの日。
公園で、沙耶香ちゃんにオレンジジュースをかけられそうになった私を庇って。
汚れてしまった、恵くんのTシャツ。
『私が洗うから』
そう書いて、半ば無理やり預かった。
何度も何度も水で流して。
洗剤をつけて、そっと揉み洗いして。
オレンジ色の染みは、もうどこにも残っていない。
ちゃんと綺麗になったはずなのに。
私はそれを胸に抱きしめたまま、動けずにいた。
恵くんの匂いは、もうしない。
洗剤の匂いだけ。
それなのに、目を閉じると、あの時の姿が浮かぶ。
私の前に立ってくれた、大きな背中。
「お前のせいじゃない」と言ってくれた、低い声。
全部、優しかった。
優しかったから。
余計に苦しい。
沙耶香ちゃんの言葉が、頭から離れない。
『伏黒くんと付き合うことになったから』
恵くん、違うよね。
そう思いたい。
だけど、恵くんは今日、沙耶香ちゃんと一緒にいた。
何を話していたのか。
どうして会っていたのか。
聞けばよかった。
でも、聞けなかった。
だって、もし本当だったら。
恵くんが沙耶香ちゃんを選んだのだとしたら。
私は、もうどうしたらいいのか分からない。
胸元に抱いたTシャツを、ぎゅっと握りしめる。
こんなふうに抱きしめているなんて、馬鹿みたい。
もう綺麗に洗い終わったんだから、普通の顔をして渡せばいいだけなのに。
それすら、できる気がしなかった。