第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
「恵ちゃんに気安く触らないでもらえるかしらん、泥棒猫ちゃんたちっ!」
なぜかいつもの黒いアイマスクをサングラスに掛け替え、さらにはジャケットまで脱いで肩に引っ掛け、無駄にキラキラとしたオーラを放つ五条先生が、モデルのような謎のポージングで立っていた。
(今、どういう状況!?)
ツッコミどころが多すぎて、頭がパンクしそうになる。
恵くんは、五条先生たちの乱入に不機嫌そうに顔を顰めている。
そのすぐ隣で、女の子が困ったように立ち尽くしていた。
風に揺れた髪を押さえるように、その子が少し顔を横へ向ける。
その横顔を見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。
(沙耶香ちゃん……)
約束、してたんだ。
スマホの弁償のことだよね。
それなら、私にひとこと言ってくれてもいいのに。
恵くんは沙耶香ちゃんと連絡を取り合っていた。
私の知らないところで待ち合わせて、こうして会っていた。
知らなかった。
私だけ、知らなかった。
「……じゃ、じゃぁ、伏黒くんありがとね」
そう言って、沙耶香ちゃんは恵くんに軽く手を振り、五条先生たちの横をすり抜けていった。
けれど、少し離れたところに立っている私に気づいたのか、沙耶香ちゃんの視線がこちらを向く。
そして、私の方へ近づいてきた。
足が地面に縫い付けられたみたいに動けない。
すれ違う直前。
沙耶香ちゃんは、私の横でほんの少しだけ足を止めて、誰にも聞こえないくらい小さな声で囁いた。
「――私、伏黒くんと付き合うことになったから」
そのまま、私の横を通り過ぎていく。
甘い香水の匂いだけが、ふわりと残った。