第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
『恵くんの連絡先、教えてって言われて』
『できないって伝えたら、スマホ取られちゃったの』
『それで、返してもらおうと沙耶香ちゃんの手首を掴んだら、沙耶香ちゃんのスマホが落ちちゃって』
書き終えたノートを、おずおずと胸の前に掲げる。
恵くんの視線が、そこに並んだ私の拙い文字をなぞっていく。
一秒、二秒。
文字を読み終えた恵くんは、髪を乱すようにがしがしとかいた。
「……なんだ、そんなことかよ。あいつら、わざと大袈裟に言いやがって」
「あんな囲まれ方してたから、てっきりカツアゲでもされてんのかと思った」
え。
カツアゲって……。
それは、心配しすぎだよ。
「俺の連絡先、なんで教えなかった?」
『大事な個人情報だし』
『本人の許可なく教えちゃだめだと思ったの』
書いて見せると、恵くんは深く息を吐き出した。
「……本当にそれだけか?」
ペンを持つ手が止まる。
それだけ。
それだけ、じゃない。
本当は。
本当はね。
沙耶香ちゃんに連絡先を教えたくなかったの。
恵くんと沙耶香ちゃんが連絡を取るのが嫌だったから。
でも、そんなこと。
私が言っていいことじゃない。
私は恵くんの彼女でもなんでもないんだから。
『恵くん、そういうの嫌いでしょ』
『勝手に連絡先教えられるの』
書いてから、少しだけ迷う。
それから、もう一行書き足した。
『家族だから、わかるよ』
ノートを見せた瞬間、恵くんの目がわずかに揺れた気がした。
でも、それが何の感情なのかは分からない。
恵くんは何か言いかけて、結局口を閉じた。
家族。
自分で書いたくせに。
どうしてこんなに苦しいんだろう。
『やっぱり、Tシャツ買ってくるね』
私は新しいページにそれだけ書くと、ノートを閉じた。
これ以上ここにいたら、泣いてしまいそうだった。
恵くんが何か言う前に、私はカバンと紙袋を抱え直す。
「、おい――」
呼び止める声が背中に届くが、逃げるように商店街の方へと駆け出していた。