第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
「……そんな顔すんな」
不意に、恵くんが言った。
そんな顔。
どんな顔をしていたんだろう。
恵くんはタオルで濡れた手や体を拭きながら、私を見ないまま続けた。
「お前のせいじゃない」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと痛む。
違う。
私のせいだよ。
せっかくのお出かけだったのに。
面倒だって、本当は思ってるでしょ。
恵くんはそれ以上何も言わず、洗い終えたシャツを両手でぎゅっと絞った。
ぽたぽたと水が落ちる。
それから、濡れたシャツを広げて、ぱん、ぱんと軽く振った。
まだ完全には落ちていないオレンジ色の染み。
恵くんの肌に直接当たる太陽の光。
それを見ているだけで、また胸が苦しくなる。
私はノートを開き、ペンを走らせた。
『コンビニで代わりのTシャツ買ってくるね』
書き終えるなり、ノートを恵くんに見せる。
そして返事を待たずに、カバンを抱えて駆け出そうとすると、手首を掴まれた。
驚いて振り向くと、恵くんが私をじっと見ている。
「それより……さっきの奴らと、何があった?」
何もない。
大丈夫。
そう伝えたくて、私は首を横に振った。
「嘘つくな。何もなかった顔じゃねえだろ」
私の手首を掴む恵くんの手に、ぐっと強い力がこもる。
「……俺には、ちゃんと話せ」
俺には。
……そんなふうに、言わないで。
「同情だ」って思い知らされて、諦めようとしたばかりなのに。
また、馬鹿みたいに勘違いしちゃうじゃない。
私はぎゅっと唇を噛み締めながら、必死に自分に言い聞かせる。
スマホを弁償することになったから。
どうして揉めていたのか、その原因をちゃんと聞いておきたいだけなんだ。
いつも世話を焼いてくれている、幼馴染として。
家族としての責任として。
そうやって頭の中で冷たい理由を並べて、高鳴りそうになる心臓を押さえつける。
私は、掴まれた手首をそっと引いて解いてもらうと、真っ白なページにまたペンを走らせた。