第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
「そうだ! 私もジュースかけちゃったお詫びしたいし……連絡先交換しよ?」
その言葉に恵くんは少し黙ったが、ポケットから自分のスマホを取り出した。
淡々と画面を操作して、沙耶香ちゃんに向ける。
「……ほら」
「えへへ、ありがとう」
沙耶香ちゃんは嬉しそうに画面を操作して、恵くんの連絡先を登録する。
ピコン、と恵くんのスマホが短い通知音を鳴らした。
二人が繋がった音。
私の知らないところで、これから二人が言葉を交わすことができるようになってしまった音。
私はただ黙って、その光景を見ていることしかできなかった。
「伏黒くん、また連絡するね!」
沙耶香ちゃんは私の方をちらりと見たが、笑顔で手を振りながら立ち去っていった。
公園には、また私と恵くんだけが取り残される。
さっきまでと同じ、二人きりの空間。
けれど、もう私の中には甘い期待は一欠片も残っていなかった。
(私のせいで……)
恵くんの袖をくいっと小さく引っ張ると、恵くんがこちらを振り向く。
私は胸の前で右手を立て、そこに左手を添えた。
『ごめんね』を伝える、昔から何度も使ってきた合図。
だけど、今はそれすらひどく頼りない。
恵くんは私を見下ろして、少しだけ眉を寄せた。
「……問題ない」
それだけだった。
いつも通りの、短い返事。
でも私は、その言葉をまっすぐ受け取ることができなかった。
同情でも、義務でもいい。
せめて少しでも怒ってくれたら、まだ私を見てくれていると思えたのに。
「……流石に、ベタベタするな」
恵くんは、胸元にべったりと張り付いたシャツを指でつまみ上げた。
私が公園の端にある手洗い場を指差すと、恵くんもそっちに視線を向ける。
「そうだな、あそこで洗うか」
恵くんは、濡れたシャツが肌に張り付くのを鬱陶しそうにつまんで、手洗い場の方へ歩き出す。
私は足元に落ちたオレンジ色の雫を見つめた。
それから、少し遅れて歩き出した。