第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
「あー、もう。しつこいんだけど」
沙耶香ちゃんが、私の手を振り払おうとした。
その拍子に、沙耶香ちゃんのスマホが、するりと滑り落ちる。
ガツッと嫌な音を立てて、地面に落ちた。
「あっ!」
沙耶香ちゃんの顔色が変わる。
拾い上げたスマホの画面を見て、眉がきゅっと吊り上がった。
「はぁ!? ちょっと、あんたのせいで画面割れたんだけど!! 最悪!」
そんなつもりじゃなかった。
わざとじゃない。
でも、割れてしまったのは本当で。
ごめんなさい。
弁償します。
そう書こうとしてノートに手を伸ばすが、それより先に沙耶香ちゃんが冷たい声で言った。
「喋れないからって、何しても許されると思ってる?」
沙耶香ちゃんは、ベンチに置いていた私のオレンジジュースのカップを乱暴に掴んだ。
「マジでうざい!!」
沙耶香ちゃんの手が大きく振り上げられ、オレンジ色の液体が私に向かって傾いてくる。
避けられない。
そう思って、ぎゅっと目を閉じた。
バシャッと、すぐ目の前で液体が激しく弾ける音がした。
けれど、いつまで経っても冷たい感触は来ない。
……あれ?
冷たくない。
甘酸っぱい匂いだけが、すぐ近くで広がっている。
恐る恐る目を開けると――。
目の前に、恵くんの背中があった。
「ふし……ぐろくん?」
沙耶香ちゃんの声が、さっきまでとは別人みたいに細くなる。
恵くんの白いシャツには、オレンジ色の染みが広がっていた。
肩から胸元にかけて、ぽたぽたと雫が落ちている。
恵くんは私を庇うように立ったまま、沙耶香ちゃんを見下ろした。
「……何してんの?」
低い声だった。
怒鳴っているわけじゃない。
でも、その場の空気が一気に冷たくなった気がした。
「伏黒くん。ち、違うの。これは……あ、私のこと覚えてる? 中学の時、同じクラスだった……」
「それより」
恵くんの視線が、沙耶香ちゃんの手元に落ちる。
そこには、私のスマホが握られていた。
恵くんの眉間の皺が、さらに深くなる。