第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
「そりゃ、わかるだろ。毎日使ってんの見てるし」
それは、たぶん恵くんにとっては何でもないことなのだと思う。
でも私には、恵くんがずっと私を見ていてくれたみたいで。
その事実だけで、胸がいっぱいになる。
「これでいいか」
こくりと頷くと、恵くんはそのノートを持ってレジへ向かおうとした。
(あ、待って)
私は恵くんの袖を掴む。
自分で買うよ、とノートに書こうとした私より先に、恵くんがぼそっと言った。
「……俺が買いたいんだよ」
私の返事を待たずに、恵くんは背を向けてしまった。
レジで財布を出す恵くんの背中を見つめながら、私はその場に立ち尽くしていた。
さっきの恵くんの言葉を、何度も頭の中で繰り返しながら。
「ほら」
会計を済ませた恵くんが戻ってきて、ノートが入った紙袋を私に差し出した。
白い紙袋の中には、さっき恵くんが選んでくれたカンパニュラのノート。
新しい、私の言葉を置く場所。
紙袋を大事に抱えながら、片手を自分の胸元に当てて二回、軽く叩いた。
『ありがとう』
声にできない私が、何度も恵くんに伝えてきた合図。
でも、今は一回だけじゃ足りない気がして。
もう一度。
とん、とん。
それでも足りなくて、もう一度。
とん、とん。
何度も胸元を叩いていると、恵くんは少し呆れたように眉を寄せる。
「そんなに何回もやらなくても、伝わってる」
そう言って、恵くんは先に歩き出した。
けれど、数歩進んだところでふと足を止めた。
「……次も、俺が買ってやるから」
「だから……一人で買いに行ったりすんなよ」
え……次も。
それって――。
胸がきゅぅっと締め付けられて、私は紙袋を抱きしめた。
そんなことを言われたら。
私、また期待しちゃうよ。
ただの家族でも。
幼馴染でもない何かを、望んでもいいのかもしれないって。
あの時、書けなかった最後の一文字が小さく疼く。
ノートに書く文字なんかじゃ、もう全然足りない。
前を歩く大きな背中に飛びついて。
今すぐ、私自身の声で伝えたくなってしまう。
声を出したらだめだって、誰よりも私が一番わかっているのに。
恵くん。
大好き――。